超都心の再開発 そこに暮らすということ。其の一

赤坂七丁目2番地区市街地再開計画 2026年1月撮影

赤坂七丁目2番地区市街地再開計画 2026年1月撮影

再開発は終わらない

オリンピックを機に落ち着くかと思われた再開発。今も都心では大きなクレーンが建ち、渋谷も神宮前もまだまだ工事が進行中。一体いつまで続くのか、誰が始めて誰がその恩恵に浴するのか、超都心の再開発について調べてみた。

業者もアンタッチャブル?な再開発事業

マンションデベロッパーの販売担当者や宅建業者、一級建築士など、住宅に関わる仕事についているからといって、「再開発」に詳しいとは限らない。あまり特徴のない立地の新築マンションの現場担当者は、近場で再開発話があると、とかく広告に入れたがる。調べてみると、市街地再開発事業どころか、土地区画整理事業であったり、まだどういう事業になるか決まっていない場合もある。それだけ再開発は、不動産業者にとっても特殊な分野だ。周りへの影響を懸念して事業認可されるまでは秘密裡に進められるから、動いているのか止まっているのか、外部からはなかなか実態がわからない。わからないけれど、その周辺は資産価値が確実に上がると信じて、投資家は注目する。その伝説は果たしてずっと継続するのだろうか?

大きな地権者から小さな地権者へ

赤坂七丁目2番地区市街地再開計画 2026年1月撮影

都心3区を見てみると、現在千代田区7,港区15,中央区17の地域で第一種市街地再開発事業が進行中だ。その中には樹木伐採反対運動で注目を集めた神宮外苑地区第一種市街地再開発事業も含まれる(港区、一部新宿区)。

かつての再開発事業は、上記の明治神宮を主体とする神宮外苑地区第一種市街地再開発事業や、テレビ朝日と森ビルなどが主体となった六本木ヒルズ(六本木六丁目地区市街地再開発事業)のように、大企業や大地主が広大な面開発をもって行う街づくりが主流であったようだ。

しかし昨今の東京では、古い住宅が密集した街並みや旧耐震の集合住宅が多く、近い将来来ると言われている大地震に備えて建て替えをしたくとも、現行の建築基準法では今住んでいる居住面積が確保できない。従って、地域の居住者が集まって、自分たちの住環境を再構築するための再開発事業が、これからは主流になっていくかもしれない。

民間主導の再開発事業が始まる

赤坂七丁目2番地区市街地再開計画 2026年1月撮影

青山通り沿いの、港区役所赤坂支所脇から薬研坂を見下ろすと、薬研のくぼみの辺りにはクレーンが立ち、大きな空が広がっている。ここは赤坂七丁目2番地区第一種市街地再開発事業の敷地。かつて公務員宿舎や専修学校、戸建て住宅、個人所有のビルと旧耐震マンション3棟が建ち並んでいた。三生マンションはそのうちの一つ。旧式なデザインではあったけれど手入れの行き届いているのが見て取れる清潔感のある建物で、このマンションの区分所有者であった澤孝一郎さん(故人)は幼少期から赤坂で暮らしたという紳士。老朽化したマンションの建て替えを考えたが単独建て替えでは面積が確保できないと、周りの建物も巻き込んでの街づくりへと乗り出していくことになる。

買ったマンションが再開発地域にかかるのは、投資家や不動産オタクにとっては垂涎ものだ。2001 年頃は旧耐震の中古マンションなど誰も見向きはせず、赤坂のマンションでも坪 170 万円程度かそれ以下であった。それが再開発によって耐震性の優れたタワーマンションになるのだから・・・

しかしとにかく再開発は時間がかかる。かの六本木ヒルズは東京都が再開発誘導地区に指定してから完成するまで17年。けれどもあの規模で工事期間は3年ちょうどという早さだ。現在は働き方改革や人手不足で工期は延び、地価や建設費は高騰し、時間もコストもかなりかかることは想像に難くない。

それでも事業主となる企業が赤字になることはない。地権者は、というと工事期間中は他所へ引越しし、完成するまで何を思うのか、次回は現在進行中の再開発の地権者にお話しをうかがってみたい。

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この記事を書いた人

夏知子

大学では民俗学を専攻、地域新聞の編集、子育てを経た後、約30年間首都圏住宅情報誌のライターとして多数の土地、戸建、マンションを現地取材。都心でマンションの再開発に関わる一方、房総で自ら古民家を改修しての二拠点生活を実践し、様々な「住まい方」に直面している。